1.書籍情報
山口周著、プレジデント社、2020年12月発行、320ページ
2.購入した経緯
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』に感動してまとめ買いした山口周シリーズのひとつ
3.読書メモ
過去作に比べ、いまいちピンと来ない話もあったが、それでも多くの示唆に富んでおり、考えさせられる一冊だった。
■「「転機をうまく乗り切れずに苦しんでいるケース」には共通して「過去を終わらせていない」という問題が潜んでいることに気づきました。つまり、「転機」というのは「何かが始まる時期」なのではなく、逆に「何かが終わる時期」なのだ、ということをブリッジズは発見したのです。」(14ページ)
■「現在の社会システムは「無限の成長」を前提に構築されているので、物質的需要が伸長しない「高原状態」とはとてもソリが悪いのです。(中略)歴史的使命がすでに終了しているにもかかわらず、あたかもそれを終了していないかのように振る舞っていらぬ混乱を世の中に巻き起こしてなんとか「使命終了」の延命を図っている。これが多くの企業が「マーケティング」と称して行っていることでしょう。」(38−39ページ)
■「GDPの発明に関する一連の流れにおいて「問題が先、指標が後」になっていることに注意してください。ところが昨今のGDPに関する議論は往々にして「指標が先、問題が後」になってしまっています。測れるモノを測って、そこで出てきた問題を叩くという流れで思考プロセスが進んでしまっているのです。」(49ページ)
■「このLinux開発の物語はまた私たちに、物質的満足度がすでに高い水準に至った高原社会では、労働を通じて知識・技能・創造性を発揮するという「楽しさ」が、もっとも重要な報酬になりうる、という示唆もまた与えてくれます。」(129ページ)
■「すでに満ち足りている人に対して「まだこれが足りていないのでは?」とけしかけて枯渇・欠乏の感覚をもたせることができれば、あたらに問題を生み出すことで「ゲーム終了」を先延ばしすることができます。これがマーケティングの本質です。(中略)ドラッカーは、企業の目的は一つしかなく、それは「顧客の創造」であるとした上で、更にその活動は「マーケティング」と「イノベーション」の二つに支えられる、と言い切りました。(中略)つまり「問題の開発」がマーケティングであり「問題の解消」がイノベーションだということです。」(136ページ)
■「消費が「他者への優越を示すための一種のマウンティング」にしかすぎないのであれば、そのようなマウンティングの応酬を永遠に繰り返すような不毛なディストピアを、私たちは本当に望んでいるのか?ということもまた疑念として浮かび上がってきます。」(151ページ)
■「ここに「消費には、他者に関係なく必要なモノと、他者に優越するために必要なモノの、二種類しかない」と言われたときに私たちが抱く違和感の根源があります。 というのも、このような至高性に根ざした生産と消費のあり方は、その二項のどちらにも根ざさない、別の種類の欲求に根ざしているからです。その欲求とは「人間性に根ざした衝動」です。それはたとえば「歌い、踊りたい」という衝動であり、(中略)「何か崇高なものに人生を捧げたい」という衝動です。 これらの欲求は人間性そのもの=ヒューマニティに根ざすものです、その衝動こそが人間を人間ならしめています。」(162ページ)
■「私たちの世界はすでに経済合理性限界曲線の内側にある物質的問題をほぼ解決し終えた「高原の社会」に達しています。このような「高原の社会」において、これまでに私たちが連綿とやってきた「市場の需要を探査し、それが経済合理性に見合うものかどうか吟味し、コストの範囲内でやれることをやって利益を出す」という営みはすでにゲームとして終了しています。 これからは、アーティストが、自らの衝動に基づいて作品を生み出すのと同じように、各人が、自らの衝動に基づいてビジネスに携わり、社会という作品の彫刻に集合的に関わるアーティストとして生きることが、求められています。」(189ページ)
■「ゼロックスのパロアルト研究所で「コンピューターの未来」を示唆するデモンストレーションに接して「これは革命だ!このスゴさがわからないのか!」と叫び続けたスティーブ・ジョブズ。(中略)このような「経済合理性を超えた衝動」は、アーティストの活動においてしばしば見られるものですが、同様の心性がアントレプレナーにもしばしば観察されるのです。現在、ビジネスの文脈においてしばしば議論の俎上に上る、いわゆる「アート思考」とビジネスとの結節点はここにあります。高原社会において、必ずしも経済合理性が担保されていない「残存した問題」を解決するためには、アーティストと同様の心性がビジネスパーソンにも求められる、ということです。」(192ページ)
■「ここまで、すべての人が自分の喜怒哀楽に素直に向き合い、真に自分が夢中になれることに皆が仕事として取り組み、仕事そのものから得られる悦楽や面白さが報酬として回収されるという高原社会のビジョンを提案してきました。(中略)いまだやったことのないモノについて、自分が夢中になれるかどうか、を事前に察知することはできません。さて、どのようにすれば、自分が夢中になれる仕事を見つけることができるのでしょうか。 答えは一つしかありません。 とにかく、なんでもやってみる。 これに尽きます。」(216ページ)
■「クランボルツは、この調査結果をもとに、キャリアは偶発的に生成される以上、中長期的なゴールを設定して頑張るのはむしろ危険であり、努力はむしろ「いい偶然」を招き寄せるための計画と習慣にこそ向けられるべきだと主張し、それらの論考を「計画された偶発性理解」という理論にまとめました。」
「いい偶然」を引き起こすための要件:好奇心、粘り強さ、柔軟性、楽観性、リスクテイク(220−221ページ)
■「そもそも、労働から得られるもっとも純度の高い報酬はなんでしょうか。それは、自分の労働によって生み出されたモノ・コトによって喜ぶ人を見ることでしょう。(中略)自分の生み出した価値を受け取って喜ぶ人を直接には見ることができない社会構造になったしまった(中略)仕方なく、金銭的報酬を手渡して「これで納得しろ」という形にいったんは落ち着いたわけですが、このアプローチは昭和期までそれなりに機能していました。(中略)私たちはすでに物質的不足という社会問題を解消しており、このアプローチは機能不全を起こしています。」(237ページ)
■「オルテガによれば「大衆」には二つの心理的特性があります。それは「生活の便宜への無制限な欲求」と「生活の便宜を可能にした過去の努力、他者の努力への忘恩」です。つまり、大衆とは「被贈与」の感覚、「思いがけず贈与されてしまった」ことへの後ろめたさを感じなくなってしまった人たちのことなのです。(中略)これからやってくる高原社会では労働と創造が一体化していくことになります。そのような社会においてはまた同時に、これまでの「消費」や「購買」は、より「贈与」や「応援」に近い活動になっていくことでしょう。そのような社会にあって「被贈与の感覚」を守り、育んでいくことは非常に重要です。(中略)大事なことは一点だけ、それはできるだけ「応援したい相手にお金を払う」ということを心がけるということです。(中略)だからこそ、「責任ある消費」という考えが重要になってくるのです。なぜ「責任」なのかというと、私たちの消費活動によって、どのような組織が事業が次世代へと譲り渡されていくか、が決まってしまうからです。」(245−248ページ)
■「ディーン・サイモントンは、作曲家や科学者の知的生産活動を精査し、彼らの知的生産の「質」は、その「量」によって生み出されていることを明らかにしています。(中略)そもそも創造性というのは偶発的で予定調和しないという特徴をもっているからです。さまざまな試行錯誤が数多く行われ、いわば「アイデア」と「取り組み」の自然淘汰が起きることで、結果的に優れた「アイデア」と「取り組み」が生き残って成果を生む、というのが、イノベーションが生まれる発生過程の現実です。確率が一定であれば母集団を増やすことでしか成果を大きくすることはできません。」(255ページ)
■「私たち人間が「感情」という機能を獲得したのは、これが生存と繁殖に必須だったからです。これを逆に表現すればつまり、感情を押し殺すようなインストルメンタルな生き様を指向することは、むしろ生物個体としての生存能力・戦闘能力を毀損することになる、ということです。(中略)もし私たちが、自分の本来の感情、幸福感受性に根ざして仕事を選ぶことができれば、私たちの幸福に貢献しない仕事や活動は、社会から消えていくことになります。なぜなら、私たちの社会には市場原理が働くからです。ここに、私が「資本主義をハックする」と言っている意味があります。 UBI(ベーシックインカム)の考え方はかつての社会主義と近接していることから、これを「資本主義の否定」と捉える向きもありますが、本当の狙いは真逆で、むしろ労働市場に市場原理をより徹底的に働かせるためにこそUBIの導入が必要だ、というのが私の考えであることを強調しておきます。」(265ページ)
■「UBIの導入については現在、さまざまなところで議論されていますが、率直に言って強い違和感を覚えることが少なくありません。なぜなら、それらの議論のほとんどにおいて、UBIの導入の是非が、「経済成長」や「生産性向上」等、近代化終了以前の「古い価値尺度」によって評価されているからです。(中略)こういった「登山の社会の古い尺度」をもち出して、「高原の社会の仕組み」を議論しても仕方がないだろうと思うのです。」(266ページ)
■「最近はどの企業も判で押したように「変革を自ら主導できる個性的な人材を求める」といった個性のかけらもないメッセージを労働市場に送っていますが、新卒一括採用という採用方式をとりながら、このようなメッセージを発信していること自体が自己欺瞞そのもの」(302ページ)
4.購入前の自分に薦めたい度
★★★★☆(5段階中4)